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BGM入りです。 music by Sora Aonami
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●幸せの量
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あなたはこの世に正しいことと悪いことがあると思いますか?今日は、そのことに ついて考えてみたいと思います。ちょっとここで、昨年の冬の話しをいたします。 昨年の冬、私達は毎日のように厚く氷が張った小川の上を1キロほど散歩してい ました。カナダでは、毎年冬になって雪が降ると、若者達がスキドゥといわれている スノーモービルで平原や丘を走りぬけている姿を目にします。これが、単気筒のバ イクと同じようなエンジンらしく、けたたましい音と真っ白ですごく匂いの強い排気ガ スを出す乗り物なのです。私も時々、散歩中にこのスキドゥに出くわし、大自然の 中にばらまかれるその音と排気ガスとスピードにあまり良い感じを持たなかったの です。そして、<なんで、こんな静かな野性動物のいる町はずれをそんな乗り物で 走りまわるんだろう・・・>と少し腹立たしささえ感じました。 ところが・・ある日のこと、今日はもっと遠くまで歩いていってみようということになり いつもよりもっと奥へ奥へと小川の上を歩いていきました。雪は40センチくらいあ りましたので、ちょっとがんばって歩かないといけないような様子でした。ところが以 前ここにもスキドゥが来たらしく、どこまでも私達の前にスキドゥが通った跡がつい ていました。それが、スキドゥが通った場所はその重さと、車体の下についたスキ ーのおかげで、道がうまく踏み固められとっても歩きやすくなっていたのです。 その時、私はハッとしました。 <この前まで、あんなに嫌悪していたスキドゥに、今は助けられている!もしかした ら、この世のすべてはそんな風にうまく補い合っているのかもしれない!きっと私 達が決めつけている正しいこと、悪いことというものには尺度がないんだ!>そん な風に感じて、スキドゥに乗ってやってきてくれた顔も知らない青年達に心の中で ありがとう・・・と言いました。 そうなのです。私達が子供の頃から教えられたことやマナーだと思っていることに 頭がコントロールされ、いつのまにか勝手に<これは、良いこと><これは悪いこ と>という風にものごとを決めつけてしまっているのです。私も20代の頃は、とくに その傾向が強く、公共の乗り物や場所で大声を出す子供をしからない若いお母さ んたちに腹を立てたり、ホームで列を乱して並んでいる人にムッときたり、毎日、そ れはそれは多くの人を<良くない人達>と勝手に決めつけていたのでした。そし て、自分の心の中に自分でストレスを作り出していたのです。 この世のすべてのことは、霊的に考えるとやはり必然があって起こっていると思え ます。言い換えますと、一見悪いことのように思えることでも100%どこかで、いつ か、何かの、役に立っているということです。これが見えてくると、<この世はなん でもあり>でいいんだという、楽な気持ちになってくることでしょう。 では、どんな悪いことをしてもいいのか?それらは罪ではないのか?という疑問も 出てくるかもしれません。それは、こう考えてみてはどうでしょう。それぞれの魂は 完全に自由です。いろんな体験を自ら選んで肉体を持って生まれてきているとい われています。ですから、仮に殺人を犯すことを選んでしまった魂も、じつはそれに よって犠牲者となった人の魂や遺族の魂にとって、なんらかの成長のために一役 演じてあげたということになるのです。 しかし、殺人を犯す魂は別の面から見るとそれと同じことが、のちのちその魂に返 ってくることになります。それが、宇宙のしくみのようです。人をだまして大金をまき あげたとしても、それがどこかで役に立っているんだからいいではないか。という人 がいたとしましょう。でも、その人はその反面、犯したことや出したエネルギーとま ったく同じ質のものがその人に返ってくることになります。結局のところ、魂は回り 道をしているような感じになるのです。 <この世はなんでもあり>といっても、けっきょくどう生きるかをひとりひとりが自由 に選択していく際に、どうあれば地球に、そして宇宙に<愛>が広がっていくかお のずと見えてくるのではないかと思います。 たくさんの愛ややすらぎを知らないうちに出しているあなた・・・ あなたには、それがきっと返ってきていますよ。。。。。。。 (2001.1.06) あなたは、どれだけご自分が幸せだと思いますか? いったい幸せってなんでしょう? 実は、幸せの量はあなた自身で決めているのです。 まわりのものや人が決めているのではないのです。 たとえば、<あ〜あ、今日もまた会社で嫌いなあの人と顔をあわさなくてはいけな い。><今日も、これだけの仕事をこなさなければいけない。>これだけで、朝の 気分はどーんと沈んでしまいますよね。本当にちっとも幸せだと思えない毎日がや ってくるのを再認識するといった感じです。でも、これは同じ会社の同じ状況の中で 生きている人でもまったくそんなことを気にせず出かけていく人もいるはずです。同 じ出来事でも捉え方が違うので、Aさんには苦痛でもBさんにはなんでもないという ことになります。そのようなことが1日じゅういろんなことで起きてきます。 Aさんは、何を見ても体験しても楽しくない、考えと違う、好きではないという見方を してしまうのです。 一方Bさんは、何を見ても新鮮に感じ、なんでもそれなりに楽しいな、良かったなと 感じるわけです。 この大きなポイントになっていることは何だと思いますか? それは、感謝の量でもあるのです。 主人の母は都会の快適な老人専用施設に自分から好んで移り住みました。彼女 は、いろんなイベントに積極的に参加し、冗談を言って人を楽しませ、出される食 事も美味しいと感謝して毎日を楽しく過ごしています。 でも、お年寄りの中には、しじゅう何かにつけて文句を言ってはまわりの人を不愉 快な想いにさせ、食事も気にいらず1日じゅう暗い顔をしている人もいるということ です。これも、でどころは同じです。 感謝できることを見つけられる人と、見つけられない人の違いなのです。わたしも 感謝の気持ちを忘れないように、毎日こんなことをしています。 朝、目がさめた時、眠る時ふとんの中でいかに自分は恵まれているかを数えま す。<ああ、今日も新しい1日が与えられた。嬉しいなあ。こうして、生きているん だ。このあったかいふとんがなかったら生きられないし、暖房が入っているからこ そ暖かくしていられる。雨露をしのげるこの家があるからこそ、こうして安心して眠 ることができたんだなあ。あまるほどの食べ物と洋服も与えられている。ありがた いなあ。何から何まで、自分の欲しいように物が与えられている。すばらしい出会 いがある。健康な体がある。家族がいる。自分はなんて幸せなんだろう!> 眠るときには、<今日も無事に過ごせてよかったな。新しいことが出来てよかった なあ。友達に手紙も書けてよかったなあ。猫と遊べてよかったなあ。近所のあのか わいい少女に会えてよかったなあ。美味しいご飯を作って主人といっしょに食べら れた。。よかった。。。>と。 こうすると、本当に大事なことに気がつきます。なんだかとっても嬉しい、ありがた い気分で1日がはじまりまた、1日の終わりにはすばらしい1日だったといことに気 がつくのです。 また、ふとこんなことを考えてみたことがあります。茶碗ひとつ、いえ、ボールペン ひとつ、紙1枚とってみても自分がさいしょっから自分の手だけで作れるものがあ るかどうか? ・・・・じつは、まったくなかったのです! すべてのものは、たくさんのたくさんの知らない人達が作ってくれて売ってくれてそ して品物は自分のところにやってきたのです。それを買いに行く自動車やガソリン でさえ、気の遠くなるほどの人の働きがあって形になりこうして自分のもとに来たの です・・・・ すべてすべて、家じゅうのものをみまわしてみてわたしは驚きました。すべて自分 の力では、一生かかっても作れないものがこんなにたくさんある!それらに囲まれ てわたしは生きている!生かされているんだ!そうとしか思えない!ありがとう! ありがとう!世界じゅうの人にありがとうと言いたい・・・神様ありがとう・・・・そんな 気持ちでいっぱいになりました。 若い頃は感謝するなんて、考えたこともなく、全部自分の力で手にいれているんだ というおごった考えしかできませんでした。だんだん年齢とともに、いろんな体験も してやっと感謝するということを知ったのです。生かされているということに気がつ きました。この幸せを数えることが習慣になってくると毎日が楽しくてしかたがなくな ります。ちょっと散歩に出ても、ああ、こんなに美味しい空気が吸えて幸せだなあ。 ちゃんと歩ける足があって幸せだなあ。こんなに美しい夕焼けを見ることが出来て 幸せだなあ。すべてが幸せの対象となっていきます。 いつしかあなたは世界じゅうで一番の幸せ者になっているでしょう。 (2000.12.12) * |
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