●本当の贈り物
すでにクリスマスから3週間以上経ってしまいましたが、
今日はこのアルバータ州で去年のクリスマスに
本当に起こったお話しをお届けします。
* * *
カナダでは、12月に入ると人々はクリスマスツリーを飾ったり
贈り物を買ったり、カードを送ったりと忙しくなります。
そして、クリスマスまでの数週間を楽しみにして待つのです。
クリスマスには、日本でのお正月のように家族全員が
年に1度集まる大事なときでもあります。
飾ったツリーの根元にはお互い贈りあったたくさんのプレゼントが置かれ、
クリスマス当日にいっせいに開けてみるのを心待ちにします。。。
クリスマスまであと数日というある日のことでした。
エドモントン市内のある家に泥棒が入ったのです。
そのお宅はお母さんと子供だけで暮しているお家でした。
ニュースに映し出された室内は、完全に荒らされ
チェストの引き出しもすべて開けられ洋服が散乱し、
まるで映画やドラマの場面でみたことがあるような散らかりようでした。
インタビューに答える母親は、ほんとに落胆したような様子でした。
このクリスマスのために一生懸命働いて作ったお金で
子供達を喜ばせるためのプレゼントを買い、そしてあと数日でやってくる
お祝いの日のためにみんなでツリーの飾り付けをしたことでしょう。
その泥棒は、家中の価値のありそうなものばかりでなく、
さらにはツリーの根元においてあった子供にあげる予定の
プレゼントのラジカセまですべて持ち去っていたのです。
* * *
それから翌日のニュースを見ていたときのことでした。
アナウンサーが
<昨日、盗難事件のあった〜さん宅に、善意の贈り物が届けられました。>
というではありませんか!
前日のニュースを見たある女性が、この家族のことに非常に心を痛め
自ら数件のお店を回り、何か寄付してもらえないか尋ねて歩いたというのです。
そして、数件の商店からこころよく差し出された
ラジカセを含むいろんな品々を手に
この女性が盗難のあった家を訪れる場面が報道されました。
ドアを開けると、出てきた母親に寄付の事情を話した様子でした。
すると母親の表情はいっきに崩れて、この女性と深く抱き合いました。
ふたりとも泣いていたようです。
言葉を越えたなにかが二人を包み込んでいました。。。。
私はこの報道を見たとき、これこそ本当のクリスマスプレゼントだ!と
感動せずにはいられませんでした。。。。
* * *
<お金を使って人に贈り物をすることは簡単である。お金を使わずに
人を喜ばせなさい。>というようなことを聞いたことがあります。
この女性は、実際にそれを行なったのですね。
きっと、大きな愛と行動力の持ち主なのでしょう。。。。
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●神の目
突然ですが。。。
あなたは、神(宇宙の根源の存在)に
どのくらい愛されていると思いますか?(^−^
いきなりそういわれても・・・と、想像ができないかもしれませんね。
わたしも時々、<神は愛そのものである>、<神はすべての人を愛している>
などということを耳にしますが、
それがいったいどのような感覚のものなのか見当もつかないと思っていました。
わたしたち人間には、強い<自我>というものがあるために、
恐怖や嫉妬や悲しみや不安、そして喜びという感情があります。
それらは、一瞬もわたしたちを離れることなく、
わたしたちを時には悩ませる原因ともなります。
それらの<自我>が極限まで消えたとき、
私達は真の至福感を味わうといわれています。
またそれは同時に肉体を持ちながら
極限まで神の心に近づいていくということでもあるのです。
でも、普通に生活している私達には神の心がどんな状態であるかなど、
想像しがたいものですね。
* * *
さて・・・
そんなことをぼんやり思っていたある日、
窓の外をのら猫が歩いているのを目にしました。
<ここは、自分の縄張りなんだぞ>とばかり、
垣根の匂いをかいだりマーキングしたり、
きょろきょろあたりを伺ったり、彼は忙しそうでした。
そんな1匹の猫を見ているとき、わたしは自分がほのぼのとした気分に
なっていることに気がついたのです。
もちろん、もともと動物好きであるということもあるのですが、
そのときにふと思ったことがありました。
<どんなに悪いいたずらやケンカをする猫でも、私達の世界から
猫の世界を見ているとき、それは、ほほえましい光景のひとつだ。
ならば、神が私達を見ている目は同じようなものなのではないだろうか?>
ということでした。
たとえ、猫の世界でその猫が嫌われ者であったとしても
彼らが行なっていることすべては、私達人間からはお見通しです。
お互いケンカしたり、いたずらをしたり、日向で幸せそうにお昼寝したり、
喜んで何かを食べたり、恋人猫に寄り添ったりしているすべてが
わたしたちにはほほえましく見えます。
もしかしたら、神もそんな想いで私達を見ているのではないでしょうか?
私達が、ときに泣き悲しみ、戸惑い絶望し、腹を立てケンカをし、
不安がり、そして笑っている姿・・・
この姿のすべてが神から見れば、きっといとおしいものであるはずです。
どの猫もすべてかわいいように、どんな人間も(たとえ人間界では悪人でも)
かわいい存在であるに違いないのです。。。。。
あなたは、そこまでとことん愛されているということを
知っていましたか?
あなたが何をしようと、偉大なるエネルギーはあなたを愛してくれています。
すべてお見通しのうえでです。。。
あなたが自分はなんてだめなんだろう!と思おうが、
自分はなんて大嫌い!・・・と嘆こうが、
あなたの姿をほほえましいという想いで、一時も離れず包んでくれているのです。
大いなる懐でいつもあなたは守られています。
あなたは母親に抱かれる赤子のようです。。。
人生のつらい最中にも、あなたのすぐそばに、そして
あなたの中に常にいっしょにいてくれる存在がいます。。。。
この想いは、ちょうど子供を愛する母親の心の質と似ています。
あなたがご自分の子供を見ているときの想い、それが神の想いです。
そこまで、本来はいとおしいかわいい存在のあなたを、
あなた自身が痛めつける必要は、まったくないと思いませんか?
あなたが自分自身を非難や卑下するかわりに、
とことん大好きになってあげてください。
少しでもマイナスの想いが出たら、さっと切替えればよいのです。
もう、自分を傷つける必要はどこにもありません。
自分に、言ってあげてください。
<なんて、自分はいとおしい存在なんだろう!
自分はこのままでいいんだ!自分は自分なんだ!
がんばってきたんだ!
もう、自分を責めるのはやめよう!
ありがとう!
自分よ、ほんとにありがとう・・・・
よくがんばったね・・・>
(2002.2.23)
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