[エイジアックの歴史]




エイジアックは、1922年にカナダ、オンタリオ州の小さな町で看護婦長として働いていたリーン・ケィセ(Rene Caisse)さんが、ある80代の女性患者から直接話を聞いたところから始まっています。

この女性は50代で乳ガンを患ったのですが、オンタリオ州のネイティブアメリカン”オジブワ族”から教えられたハーブを用いてガンが治癒し、80代まで生きてこれたのだ、ということをケィセさんに話したのでした。

約1年後、今度はケィセさんの叔母が肝臓と胃にガンがあり、主治医からもう何もできることはないと聞きました。そこで、叔母にも同様のハーブのミックスを飲んでもらったところ、その後21年間彼女は生きることができたそうです。

別の女性は1月にガンだと告げられ、春が来るまで命がもたないと医師に告げられたのですが、友人を通してケィセさんを紹介され、3年にわたってケィセさんの指導で治療を受けていました。その結果、ガンは完治し再発もなかったそうです。

その後、トロントのある医師がケィセさんに別の患者に彼女の治療法を行ってみてほしいと頼みました。この患者は、糖尿病でインシュリン投与を受けていた上に、大腸がんも患っていました。

医師は、”ケィセさんの治療中はインシュリン投与をやめる。もしも糖尿病が悪化すればその時点でインシュリンを再開する”と告げたのです。驚くことに、エイジアックの飲用でガンが治る前にまず糖尿病が治ってしまいました。



こうしてケィセさんは、地元の町のサポートを得て彼女自身のクリニックを開き、8年以上もの間、1週間に300~600人にハーブを調合して自然治癒の手助けを開始しました。

しかし権力側は彼女が患者から治療代をもらうことを許さず、また、患者は医師による診断書がなければ彼女のクリニックに行ってはならないと命じたのです。

あまりにも多くの人々がケィセさんのクリニックを訪れてエイジアックを飲み、ガンを克服し元気になっていくことから、ついには医師団体がガンの診断書を患者に出さないという強硬手段までとるようになりました。

このような医師会の反発と策略で、クリニックはいったん閉鎖させられたあと、彼女はしばらくうつ状態で過ごしたそうです。



その後1960年代初頭の8年間、アメリカ・マサチューセッツ州・ケンブリッジのブラッシュ・メディカルセンターで、ケィセさんに賛同したチャールズ・A・ブラッシュ博士(故ジョン・F・ケネディ氏の友人でもあった)とともにエイジアックのテストや、さらなるリサーチを行いました。

その結果、彼女の調合ハーブは人体に無害であると同時に、ガンの征圧にも効果があると認められたのです。

ケィセさんは、50年間エイジアックを作り続けてガン患者に奉仕するという人生を送ったのち、90歳の誕生日には何台もの大型バスで彼女に命を救われた人々がお祝いに駆け付けたそうです。

エイジアックは、ケィセさんの長年の努力なしでは生まれなかったのです。最終的にベストな8種の調合となったこのハーブのミックスは、彼女の名前”Caisse'”を逆から読んで”Essiac”と名づけられました。

参考:

以下はリーン・ケィセさんとエイジアックに関する古い動画です。Youtubeビデオには自動翻訳機能がついています。日本語としてはかなり不完全ですが少しは参考にしていただけるかと思います。
※ビデオを観るにはGmailアドレスでYoutubeにログインする必要があります。
ビデオを日本語で視聴する方法はこちら

Essiac and Cancer: The Story of Rene Caisse and Essiac Tea
(エイジアックとガン:レネ・ケィセとエイジアックティー)





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